日本の公務員倫理を確立させた国家公務員倫理法
筆者はこれまでいくつかの開発途上国の公務員に対して、公務員倫理の研修を行ってきた。そこでしばしば研修生から「どのようにして日本の公務員倫理が確立されてきたのか」と問われる。筆者は日本のこれまでの経過から考えて、公務員倫理の確立には①公務員に関する法律の制定、②制裁の明確化、③監視体制の強化、④幅広い教育、が必要だと回答している。
平成12年施行の国家公務員倫理法、国家公務員倫理規程はこのいずれもの要素について日本の公務員倫理の実践に大きな進歩を促すものとなった。
『平成26年度市民及び有識者モニターに対する公務員倫理に関するアンケート調査結果』において「国家公務員の倫理感についての印象」は、市民では好意的な見方が約半数、有識者モニターでは好意的な見方が8割強という結果となっている。通常の市民の感覚としては、公務員とは信頼される職業として社会的信用も高い。
ただし、現在の公務員の高い倫理観は時代と共に涵養されてきたもので、過去においては公務員に対して厳しい目が向けられても仕方がないといえる時代もあった。国家公務員倫理法の施行以前にも、日本には公務員の服務にかかわる法律はある。日本国憲法第15条では公務員の地位・選挙権・投票の秘密について述べられ、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」とされた。国家公務員法では、服務の宣誓、守秘義務、争議行為の禁止、職務命令に従う義務、信用失墜行為の禁止、職務専念義務、政治的行為の禁止、私企業からの隔離などが定められている。また、刑法197条「公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する」もあった。これらの法律があるにもかかわらず公務員による不祥事や汚職は頻発していて、従来の法規を上回る規定が社会から要請されていた。平成10年に銀行や証券会社に対して検査日程を漏らすなどの見返りに過剰な接待がなされた大蔵省接待汚職事件が起きる。その結果、平成12年に国家公務員倫理法が施行されることになる。公務員の服務に関する新しい法律の制定である。
国家公務員倫理法では利害関係者からの接待や贈答品の受領の禁止、利害関係者との接触規制、透明性の確保などが定められている。公務員の利害関係者との関係に焦点を当て、汚職と疑われるようなことさえも許さない厳格な法律である。また違反者に対する処分は外部機関の国家公務員倫理審査会によって厳正に審査されることとなる。そのため国家公務員倫理法は公務員の汚職に対する認識を一変させた法律ともいえる。
公務員や政治家の倫理的状況が世界的な指標の中でどのようになっているかを明らかにした平成26年の「Transparency Internationalによる腐敗認識指数の調査結果」において日本の得点は76点(100点が満点)で、第15 位となっている。平成10年には25位であり、年々順位を上げてきており、最高位は平成23年の14位となる。この結果を見る限り、国家公務員倫理法が不祥事の低減に役立っていることがわかる。
国家公務員倫理規程では、詳細な形で利害関係者との禁止事項が定められた。制裁の明確化として、人事院から『懲戒処分の基準』が出される。この基準では様々な違反行為に対応するおおよその処分が一目瞭然でわかるようになっている。
また国家公務員倫理審査会は公務員倫理ホットラインを設置して、行政機関の職員だけでなく広く市民に国家公務員倫理法違反の通報を呼び掛けている。公務員の非違行為を国民全体で監視することで、規範を徹底させることができている。これは、監視体制の強化となる。
人事院による『平成26年度国家公務員及び民間企業に対する公務員倫理に関するアンケート調査結果』では、「最後に倫理研修に参加してからの期間」についての問いで、「1年未満」と回答した者は62.6%であり、平成21年度調査37.2%と比べて25.4%増加している。なお、「一度も受講していない」と回答した者は3.1%であり、平成21年度調査17.3%に比べて14.2%減少した。このアンケート結果はから国家公務員においては、幅広い教育・研修が順調に実施されているといってよいであろう。
ここまで述べてきたように、国家公務員倫理法および倫理規程によって、日本の公務員の倫理は高められてきたと断言してよい。公務員倫理の分野においても、世界のリーダーシップを取るべく、一層の公務員倫理の高揚が必要といえよう。そのためには、さらなる公務員に関する法律の制定、制裁の厳格化、監視体制のこれまで以上の強化、といった他律的なもののみでは十分とはいえない。公務員倫理についての幅広い教育による公務員一人一人の自主的な倫理の確立を図っていくべきであろう。
国家公務員倫理法など最低限のルールは遵守する。その上で、職務に誇りをもって、よりよい仕事を常に真摯に心掛けて行動する。そのような自覚のもと公務員が職務を遂行するなら、日本の公務員倫理はさらなる進歩を遂げていくだろう。
それらは全国民が公務員に対する期待として切に願っているものだと、筆者は考えている。
『人事院月報』№ 788、2015年4月発行、人事院総務課広報情報室、掲載の『日本の公務員倫理を確立させた国家公務員倫理法』からの抜粋。全長版は本書をお取りよせください。