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米国経営倫理学会2015年度年次大会に参加して

 2015年8月6日から9日まで、カナダ、バンクーバーにおいて米国経営倫理学会Society for Business Ethics(SBE)の年次大会が開催された。SBEは例年、米国経営学会Academy of Management年次大会と同時期に同じ都市で開催される。これは哲学倫理学出身の研究者が多いSBEと、実証研究など社会科学的なアプローチで研究を進める米国経営学会「企業と社会部会The Social Issues in Management(SIM)」との交流により、研究の相互補完的な効果が期待されていることによる。SBEは市内のホテルで、SIMは湾岸沿いの巨大コンベンションセンターで開催され、双方の研究者がバンクーバー市内を学会の公式バッグを片手に行き来する姿がよくみられた。

 SBEの年次大会では様々なテーマのセッションが開かれる。

 基本的なテーマでは「経営倫理の理論的研究」、「サステナビリティー」、「CSR」、「ステイクホルダー理論」、「汚職」、「ロビー活動と政治的活動」などで、各セッションで三つほどの発表がなされる。経営倫理を考える上で避けて通ることができない基本的なテーマであるが、毎年の年次大会において研究発表がなされることで、研究が蓄積されていき、学問の深化につながっている。米国の経営倫理研究が質量ともに豊富なものであるのは、このような継続的な研究の積み重ねによるものであることがわかる。

 基本的なテーマのほかに、発表者がテーマを決めるパネルセッションやワークショップでも興味深いものが数多く開かれていた。「女性:ミルグラムの権威への服従実験」など、社会心理学をテーマにする発表が近年では増加の傾向にある。倫理学の分野では行動科学を通じての研究が流行となっており、複数の研究発表が社会心理学のアプローチでの研究であった。「著者と論じよう:エドワード・ハートマンとのアリストテレスについての対話」では、著名な研究者であるエドワード・ハートマン(Edwin Hartman)を囲んで、討議するというパネルである。学界を支える記念碑的な著作を記した研究者とその研究テーマについて討論することで、著者の真意を聞くことができる貴重な機会となる。教育法についてのワークショップでは「小説を用いての専門職の責任についての教育法」というものが革新的であった。米国の経営倫理教育ではニュース映像や映画を使うことはよくある。しかし小説を用いて教育的な効果を上げようと試みは新しいものであり、日本の経営倫理教育にも応用可能な手法であるように思える。

 また、米国経営倫理学会の学会誌(Business Ethics Quarterly)の発刊25周年を記念して、学会誌の充実に資するセッションとして「祝米国経営倫理学会誌25周年:経営倫理研究の傾向と展望」が開かれた。これまで掲載された論文のテーマや研究手法について検証したセッションで、投稿を志す研究者一同、熱心に聞き入っていた。

 米国経営倫理学会年次大会の近年の特徴として、若手研究者への手厚い配慮がある。若手の研究者向けのワークショップが大会に先駆けて同会場で行われた。このワークショップは若手の研究者が持ち寄った論文についてジョン・ボートライト(John Boatright)、ノーマン・ボウイ(Norman Bowie)、ケネス・グッドパスタ―(Kenneth Goodpaster)ら米国経営倫理学会の中心的存在である研究者から直接指導を受けるというものである。年次大会の最終日にも若手の研究者を一堂に集め、全参加者が若手研究者に対して学会への歓迎を表す機会としている。日本においても多くの学会でこの若手研究者の養成は急務となりつつある。研究分野が細分化していることもあり、学会もその細分化したテーマごとに設立されるためその数は増える一方である。しかしあまり多くの学会に所属すると年会費も多大なものになることもあり、若手の研究者が学会に定着しないというのは様々な学会役員が嘆くところである。SBEのこの若手研究者に対する心配りは、経営倫理という学問の存続維持にとって若手研究者の育成は不可欠なものであるという認識を学会執行部および会員全員が共有していることによる。

 様々なパネルセッションやレセプション会場で、世代を超えた討議が行われているのが印象的であった。若手研究者が重鎮の書いた著作を批判的に論じても、重鎮たちが優しい瞳で若手研究者と討論しているセッションもあった。学問の発展のためにあるべき自由な討議ができる場がこの学会にあることがわかる。

 筆者は「日本と米国におけるソーシャルメディアの利活用」というパネルセッションをマーティンメソジスト大学ウィリアム・ソデマン(William Sodeman)氏および近畿大学井戸田博樹氏とで行った。Twitter、FACEBOOKやLINEなどのソーシャルメディアが引き起こす様々な倫理的課題について、日米の事例に基づいて検討するセッションである。ソーシャルメディアという新しい技術は日米において様々な効用と問題を生んでいる。日米の文化的要因や企業活動における実例を通じて、有意義な討議をすることができた。

 米国経営倫理学会は経営倫理研究の中心であることが実感できる。米国のみならず、ヨーロッパやアジア圏からも多数の参加者がいることからもこのことはわかる。日本からも継続的な情報発信と人的ネットワークの構築を図ることで、日本の経営倫理研究および教育を世界水準に高めていく必要があるであろう。

 『経営倫理』№ 81、2016年1月発行、経営倫理実践研究センター、掲載の『米国経営倫理学会2015年度年次大会参加報告』からの抜粋。全長版は本書をお取りよせください。

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