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講義抄録『公務員倫理を考える~倫理的な組織風土構築のために~』

  ◆倫理とは何か

 倫理学とは哲学の一分野であり、善悪について哲学的に考える学問といえる。「倫理」と同様の意味を持つ言葉に「道徳」がある。この二つの言葉を定義すると、道徳は「歴史的に吟味されてきた、社会一般に正しいと承認されてきた規範」と定義できる。それゆえ小学校の道徳の授業では「友達を殴ってはいけない」などのその社会や文化の中で皆が正しいと認めてきた規範が教えられている。これに対し、倫理は「批判的で自覚的な鋭さを持っており、様々な主義主張からよりよい善を追求すること」と定義できる。「これは本当に正しいことか」と批判的に問いかけ、より鋭く自覚を持って考えることが倫理のそもそもの意味といえる。

 公務員倫理というと、国家公務員倫理法がイメージされることが多い。しかし先に述べた倫理の定義からすれば、倫理法のようなルールを単に守ることだけでなく、よりよい善を探求することが必要といえる。

 歴史上では奴隷制や婦人参政権、労働法制などにおいて過去に常識と思われていた悪弊の過ちが明らかになり、改善されてきた。近年ではセクハラの概念について我々が正に生きている時代に常識が変わり、改善されている。我々が当たり前に正しいと思っていることさえも正しくないかもしれないという批判的な思考を基にするそもそもの倫理の意味する問いかけが公務員倫理についても必要といえよう。

◆二つの倫理

 倫理には消極的倫理と積極的倫理の二つの面がある。消極的倫理(~するな)とは倫理法を含む服務規律が典型的である。他方、積極的倫理(した方がよいことをする)とはより善いことを行うことである。倫理を語る場合、この二つの倫理を認識する必要がある。「悪いことをしないから倫理的である」とはいえない。なぜなら、悪いことをしないけれど善いことも全くしない人を我々は倫理的な人といわないからである。公務員倫理においても消極的倫理のみならず、より善い方向に進める積極的倫理も倫理的であるために不可欠なものといえる。

◆倫理とコミュニケーション

 倫理的な組織風土構築のためには組織内でのコミュニケーションが重要であろう。

 最近、コミュニケーションが十分とられていない職場が増えてきたといわれている。個人の成果への過度なプレッシャーがあり、各人が自分のすべきことだけをするようになる。仕事が細分化されているため、上司でさえ部下の仕事を把握していない。上司は自分の仕事で手一杯で部下に声を掛けられず、部下も上司に相談できない。飲み会などの人間関係を作るイベントも減少している。そうなると各人は自分の殻に閉じこもり、間違いを認めず、他人に関わろうとせず、事務用件以外の会話をしなくなってしまう。その結果、人間関係が悪化し、上司が部下の仕事の進め方を改善することもなくなり、パフォーマンスも低下していく。また、上司の目が行き届かないことで不祥事が発生しやすく、隠蔽されやすくもなる。

◆壊れ窓理論

 このような職場への対応としては、壊れ窓理論が参考となろう。壊れ窓理論とは、壊れた一枚の窓が修理されずに放置されていると他の窓も続いて壊されていくというものである。コミュニケーションが十分とられていない職場では悪いことをしても露見しにくく不正が起きやすい。また、それが放置されることで更に大きな問題が生じかねない。そうならないようにするためには、小さなトラブルや不正をきちんと一つずつ確実に是正していかなくてはならない。

◆コミュニケーションのよりよい形

 それではできるだけコミュニケーションをとる機会を増やせばよいのかというと、そう単純にはいかない。実はコミュニケーションは矛盾をはらんでもいる。人は対面的に接触する機会が増えるほど互いの欠点が目に付き、衝突が多くなっていく。この矛盾があるため、管理者は職場内でコミュニケーションをとることを躊躇してしまう。

 しかし、コミュニケーションがとられていない職場では表面上は穏やかでも、その中では大きな問題が起きているおそれがある。一方、コミュニケーションが十分とられている職場では自由に意見を言えるため、不正が起きにくい。表面上は意見が衝突するので波立って見えても中は穏やかな海のようなものである。どちらの職場がよいかは明らかであろう。

 そのため、職場ではコミュニケーションのとり方を工夫する必要がある。例えば「明日休みます」と言う職員がいる場合に「引き継ぎちゃんとやっておいてよ」と言うだけでは衝突が起きる。しかし「明日はお子さんの参観日だったよね。何歳になったの」とフォローすることで衝突は緩和される。職場でのコミュニケーションに職場内の人々が敏感になり、相手を思いやる声を掛けることでコミュニケーションのはらむ矛盾は解消されていく。

 職場におけるコミュニケーションは、情報伝達の道具としてのみ用いられがちである。他方、友達や家族との交わりにおいて我々は相手のことを思いやる「目的としてのコミュニケーション」を用いる。これを職場でのコミュニケーションにもある程度入れていく必要があろう。

◆リンゲルマンの実験

 どのように指導しても倫理的でない組織風土となってしまう場合がある。それは組織内で改善した方がよいと思われていることでも誰かが改善するという期待から何も改善されずに放置されるからである。心理学者リンゲルマンが行った実験では、綱引きを1人でする力と比べ、8人で綱引きをする場合に人は約半分の力しか出さなかった。組織では誰かがやると考えて手を抜く責任の拡散がしばしば見受けられる。それを封じる組織作りが必要となる。

◆よりよい公務員を目指して

 古代ギリシャの哲学者アリストテレスは職業に応じて求められる「徳」があるといった。公務員であれば市民に対する共感や職務における正確さなどが「徳」といえよう。アリストテレスは、「徳」は日々それを身に付けようと思っている者のみ習得できるといった。実践知と称されるものである。

 倫理的な組織風土を構築するには各職員が日々より善い職場を作ろうと心掛けることが必要不可欠である。各職員が高い志で公務員の「徳」を実践すれば、不祥事を未然防止できるだけでなく、パフォーマンスも上がり、皆が楽しく働けるようになろう。さらにはより善いことを実践する積極的倫理にまで効果が及ぶと期待できよう。

 『人事院月報』№ 799、2016年3月発行、人事院総務課広報情報室、掲載の講義録『公務員倫理セミナー~京都市及び盛岡市での開催の模様』からの抜粋。全長版は本書をお取りよせください。

 

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